フランス革命をわかりやすく解説|(3)革命中はどんなできごとがあったの?【前編】

各タイトルへは、こちらからご覧ください

(1)1分で読める!そもそもフランス革命って何?
(2)なぜ革命が起こったの?
(3)革命中はどんな出来事があったの?【前編※このページです
(4)革命中はどんな出来事があったの?【後編】


フランス革命中のできごとについて解説していきます。

予備知識

まず予備知識として、

  • ルイ16世
  • 国民議会
について説明します。「そんなの知ってるよ」って人は、適当に読み飛ばしてください。

ルイ16世は、フランス革命が起きたときの王様です。

国民議会は、第三身分による議会です。第三身分というのは、当時のフランスの階級社会の、最下層に位置する身分のことです。フランス革命の前半は、この人たちが主役です。


予備知識は以上です。
それではここから本題に入ります。フランス革命を各段階ごとに分けて解説していきます。

【フェーズ1】王の逃亡

フランス革命が始まった直後から、いろいろなことがありました。
国民議会が国民の自由や平等を規定したり(人権宣言)、食糧のインフレに怒った主婦がヴェルサイユ宮殿まで押しかけたり(ヴェルサイユ行進)…。

中でも極めつけは、国王ルイ16世と、その奥さんマリ=アントワネットによる逃亡事件です。フランス革命の進行を恐れた2人は、マリ=アントワネットの実家があるオーストリアに逃げようとしました。

変装して別人を装って馬車に乗り込むという、スリル満点の逃亡計画です。

しかし、逃亡途中のヴァレンヌという町で変装がバレてしまい、国外逃亡は失敗に終わりました。

国が非常事態に陥っている最中に、あろうことか国王一家が逃げ出してしまうというスキャンダルです。
このヴァレンヌ逃亡事件で、ルイ16世は国民の信頼を完全に失ってしまいました。

【フェーズ2】王様はいてもいいけど…

ヴァレンヌ逃亡事件以来、国民からは「王政を廃止しろ!」という声も高まってきました。

そんな状況で、国民議会は憲法をつくりました。この憲法では、「今後のフランスは立憲君主政でやっていこう。」と決められました。

立憲君主政とは「とりあえず王様は一応存在するけど、憲法や法律の方が偉いよ。」という政治体制です。
フランス革命以前の絶対王政時代に比べると、結構前進した感じがしますね。

ところで、フランス革命が起こる直前に国民議会は、「憲法制定するまで我々は解散しない!」と高らかに宣言していましたよね。
で、今回本当に憲法をつくっちゃったので、彼らは約束通り解散しました。

そしてもう一度選挙をして、新たに「立法議会」が立ち上がりました。

【フェーズ3】王の処刑

周辺国の革命潰し

ここでちょっと、フランス国外に目を向けてみます。

これまでのフランス革命の経緯を、周囲の国は否定的な目で見ていました
それもそのはずで、フランス周辺国のほとんどは王政です。
各国の王様からしてみると、「こんな革命が我が国で起こったら、たまったもんじゃない。」と不安に思いますよね。

そこで、オーストリアとプロイセンの王様が共同で、「フランスに王政を復活させなさい!」という宣言を発表しました。
オーストリアといえば、ヴァレンヌ逃亡事件で国王一家の逃亡を手助けした、アンチフランス革命の国でした。

これを受けて、フランス側はどうするのか。

ちょうどその頃、立法議会の内部で派閥争いがありました。
「王様いてもいいでしょ」の立憲君主派 vs「王様なんていらないでしょ」のジロンド派です。

この争いは、ジロンド派が勝利しました。

さあ、フランス政権は「王様なんていらないでしょ」のジロンド派が握っている状態です。彼らが今更王政に戻すなんて認めるわけもありません。
フランスはオーストリアに宣戦布告し、戦争が始まりました。

この戦争では、フランス王家がフランス内部の情報をオーストリアに流していました。
フランス革命潰しを目的としたスパイ活動です。

おかげでフランス軍は連敗続きです。
もう後がなくなり、フランス革命はここに鎮圧かと思いきや、まだ終わりではありません。

フランス全土の義勇軍が続々とパリに集結し、フランス軍を援護しました。「俺たちも一緒に戦うぜ!」という熱い展開です。
このとき義勇軍が行進しながら歌った『ラ・マルセイエーズ』は、現在のフランス国歌になっています。

義勇軍の援護もあり、戦争は見事フランス軍が勝利しました。

王がいない国

その一方で、フランス王家のスパイ活動の噂も国民に知れ渡ってしまいました。

怒れる市民と義勇軍は、ルイ16世一家が住むテュイルリー宮殿を襲撃し、彼らを監獄に放り込みました。
この事件を8月10日事件といいます。

8月10日事件を受けて、立法議会に代わって、新たに「国民公会」という議会が生まれました。
国民公会は王政廃止を決定し、フランスは共和政(王様がいない政治体制)へと生まれ変わりました。

そうなると必要なのが、王様の処刑です。共和政を名乗る以上、王様は存在すらしてはいけません。
ルイ16世とマリ=アントワネットは、民衆が見守る中ギロチンにかけられ、処刑されました。

フランス革命中のできごと まとめ

まとめ
  • ルイ16世はヴァレンヌ逃亡事件で国民からの信頼を失った。
  • 立憲君主制が採用され、国民議会は解散。立法議会が立ち上がった。
  • 周辺国がフランス革命に干渉してくるようになり、ジロンド派はオーストリアに宣戦布告した。義勇軍のアシストもあり、勝利。
  • 8月10日事件でルイ16世の王権が停止し、国民公会は王政の廃止を決定した。ルイ16世は処刑され、フランスに共和政が成立した。


以上、フランス革命前半のできごとについて解説しました。今回はここまでです。続きを知りたい方は、以下のリンクからご覧ください。