古代ローマを分かりやすく解説|(3)帝政ローマ

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(1)1分で読める!そもそも古代ローマって何?
(2)共和政ローマ
(3)帝政ローマ※このページです
(4)キリスト教の誕生


ローマ共和政が終結し、一人の皇帝がローマを支配する帝政ローマの時代が始まります。

五賢帝時代

ローマ帝国の初代皇帝は、オクタウィアヌスです。共和政ローマを終わらせた人物です。別名「アウグストゥス」とも呼ばれます。

帝政ローマ時代を前後半に分けるなら、前半は割と平和な時期です。
特に、5人の優秀な皇帝が連続した五賢帝時代に、ローマ帝国は最盛期を迎えました。

五賢帝一覧
  1. ネルウァ(在位:96~98)
  2. トラヤヌス(在位:98~117)
  3. ハドリアヌス(在位:117~138)
  4. アントニヌス・ピウス(在位:138~161)
  5. マルクス・アウレリウス・アントニヌス(在位:161~180)

国の領土も、トラヤヌス帝のときに史上最大まで大きくなりました。

トラヤヌス帝時代の領土

ローマ帝国の動揺

ところが、そんな平和な時代も永遠には続きません。

領土が巨大になりすぎると、国としてのまとまりが薄れてしまいます。この頃から、領土内のあちこちで勝手に皇帝を自称する軍人が出てきたのです。
この期間を軍人皇帝時代といい、50年間で26人の皇帝が入れ替わりました。

この混乱期をなんとか鎮めたのが、ディオクレティアヌスという皇帝です。

ディオクレティアヌス帝は、広大なローマ帝国を皇帝1人で運営するのは難しいと考えました。そこで、ローマ帝国の西側担当に2人、東側担当に2人の皇帝を配置しました。
つまり、4人の皇帝でローマ帝国を分担統治する作戦です。これには、軍人皇帝時代のような内乱を避ける狙いもありました。
「皇帝の枠4人も用意したから、お前ら争わずに分け合えよ!」ということです。

この4人皇帝作戦も、ディオクレティアヌス帝の死後はあまり上手くいきませんでした。4人の皇帝同士で争ってしまうからです。

ローマ帝国の分裂

混乱極めるローマ帝国にとどめを刺した事件が、ゲルマン人の大移動です。ローマ帝国の北の方にいたゲルマン人という民族が大移動を始め、ローマ帝国に侵入してきたのです。

この非常事態にローマ帝国はもはや存続不可能となり、皇帝テオドシウス帝はローマ帝国を東西にバッサリ分割してしまいました。

東西分裂後のローマ帝国

東西分裂の後、西ローマ帝国は476年に滅亡しました。その一方で、東ローマ帝国(別名:ビザンツ帝国)は1453年まで存続しています。

ローマ皇帝一覧(主要人物のみ)
在位 名前 特徴・在任中の出来事
前27~後14 アウグストゥス 初代ローマ皇帝
98~117 トラヤヌス 五賢帝の一人
ローマ帝国史上最大の領土を実現
54~68 ネロ キリスト教徒を迫害
284~305 ディオクレティアヌス 四帝分治制を採用
306~337 コンスタンティヌス 迫害から一転し、キリスト教を公認
379~395 テオドシウス キリスト教を国教化
ローマ帝国を東西に分割

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