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ノルマン人の大移動をわかりやすく解説

ノルマン人の大移動

9世紀、北欧を原住地とするノルマン人という民族が大移動を開始し、ヨーロッパ各地に国を建設したこと。現在のロシアやイギリスのルーツはノルマン人が建てた国にある。

ここまでの流れ

4~6世紀にかけてゲルマン人はヨーロッパ各地に国を建設しました。そのうちの1つであるフランク王国が分裂した9世紀頃、北欧のノルマン人が大移動を開始しました。

第2の民族移動

4世紀に起こったゲルマン人の大移動は、今日のヨーロッパ世界へと繋がる出来事でした。ここでは民族大移動の第2弾、「ノルマン人の大移動」を紹介します。

気候変動がノルマン人を動かした?

ノルマン人はスカンディナヴィア半島、ユトランド半島などのいわゆる「北欧」で暮らしていた民族です。地図で確認しましょう。

ノルマン人原住地

ノルマン人の原住地

8世紀頃から気候に変化がおこり、ヨーロッパ全体の気温が下がっていきました。「北欧というただでさえ寒い地域」+「気候変動」のダブルパンチに耐えきれなくなったノルマン人は「もっと暖かいとこ住みたい!」と南下を開始したのです。

海上ルートでヨーロッパへ侵入

ゲルマン人は陸路でヨーロッパへ侵入しましたが、ノルマン人は海上ルートで侵入しました。ノルマン人は航海技術に優れた民族だったのです。

船

ノルマン人が使用していた船

船がとても細長いですよね。この船体の細さを利用して、海から幅の狭い河川を辿って内陸部まで入り込むことができたのです。
POINT
ノルマン人は別名「ヴァイキング」とも呼ばれます。ヴァイキングには「入り江の民」という意味があります。

ヨーロッパ各地で建国

西ヨーロッパに南下したノルマン人は、各地で自分たちの国を建設しました。
ノルマン人国家

ノルマン人国家(赤枠)

ノルマン人が建設した国を、1つずつ見ていきましょう。

ノブゴロド国

まずは9世紀末、現在のロシア北西部にあたる地域にノブゴロド国を建設しました。リューリクという人物が、ノルマン人の一派であるルーシという民族を率いて建国しました。

キエフ公国

\さらにノブゴロド国の一派が南下して、キエフ公国を建設しました。\

MEMO
ルーシは「ロシア」の語源にもなっており、「キエフ」は現在のウクライナの首都です。

ノルマンディー公国

北フランス方面では、10世紀初めにロロという人物がノルマン人を率いてノルマンディー公国を建設しました。この頃にはフランク王国は3つに分裂しており、ノルマンディー公国は西フランク王国の北西部に建国されました。

デーン人

イギリス方面には、デーン人(デンマーク方面のノルマン人)が侵入しました。しかし当時のイギリスにはすでにイングランド王国が存在していました。イングランド王国は、ゲルマン人国家であるアングロ=サクソン七王国が統一された後の王国にあたります。
9世紀末、デーン人はイングランド王国への侵入を試みますが、イングランド側のアルフレッド大王に撃退されました。しかし1016年にデーン人が再チャレンジします。クヌートという王に率いられ、デーン人はイギリスを征服しました。ところがまた、クヌートの死後にアングロ=サクソン系の王朝が復活します。

ノルマン=コンクエスト

ここで突然首を突っ込んできたのが北フランスのノルマンディー公国です。1066年、ノルマンディー公国の王ウィリアムがイギリスを征服し、ウィリアム1世としてノルマン朝(1066~1154)を開きました。この出来事をノルマン=コンクエストといいます。

POINT
イギリスの歴代の王は、全員が元をたどればウィリアム1世に辿り着きます。ノルマン朝がイギリス王家の源流であることが分かります。

両シチリア王国

最後はイタリア方面です。12世紀前半に南イタリアとシチリア島で両シチリア王国が建設されました。

ノルマン人 まとめ

まとめ
  • 9世紀頃から、ノルマン人が船に乗って北欧から南下を始め、ヨーロッパ各地に建国した。
  • ロシア方面ではノヴゴロド国キエフ公国が建てられた。
  • 南イタリアとシチリア島には両シチリア王国が建てられた。
  • ロロは北フランスにノルマンディー公国を建国した、
  • クヌート率いるデーン人がイングランドを征服したが、その後ノルマンディー公ウィリアムに征服され、ノルマン朝が建てられた。